古猗园のあずまやや、楼閣の多くは水に臨む位置に建てられ、その調和した風景は“あずまやはすべて水に臨み、いくら多く建てられても山の観賞を妨げず”といわれる情緒を体現しています。階段を上ると龟山の顶きから,翔云阁の四方を望むことができます。鸳鸯湖(オシドリコ)、青清园のすべてが視角に入り,松鹤园(ショウカクエン)、白鳥が戯れるという戏鹅池(ギガイケ)はまるで森の静けさのようです。翔云阁の幾重にも重なる反り返ったひさしは、まるで白鹤が翼を広げ羽ばたいている様です。つまり、高所から遠方を望み、南翔の千年の歴史へと想いを馳せる白鶴を表しているのです。また、龟山の顶きの中央の木は“百寿碑(ヒャクジュヒ)”で、赑屃(ヒキという伝説の動物)を台座とし、碑の正面には、“寿”という字が一つ刻まれ,碑の裏側には百の寿の字で描かれた百寿图(ヒャクジュズ)が刻まれています。これは、“時代は繁栄、人は健康、作柄は上々”という人々の願いが込められています。伝説では、赑屃(ヒキ)は、竜の第一子とされています。その形は龟に似て,重いものを背負うことを好むことから、長年の歳月、石碑を背負う台座の装飾によく見られます。このように赑屃(ヒキ)は苦労をいとわず、恨み言を言われても気にかけない力持ちであることから、それに触ると幸福になれると信じられています。いつまでも赑屃(ヒキ)がこの地にいて、人々に幸福と平安をもたらすよう、今もなお、翔云阁が風雨から守っているのです。また、龟山が松鹤园と青清园に隣接していることから、“松、鹤、龟、竹”が織り成す構成ゆえに、古猗园の“長寿区”といわれ、每年、多くの中高年の見物客が訪れています。それでは、下山後、北へ進み、柳荫桥(リュウインキョウ)を渡って左へ曲がり、松鹤园(ショウカクエン)へお入りください。