皆様が今いらっしゃるのは青清园です。青清园は、1988年に建設された当時、広さは三十畝余りで、広さ五畝のため池が作られました。幾度かの拡張工事を経て、“十畝の庭園,五畝の邸宅;軒先に竹有り、池一つ”といわれた明時代の庭園は、広さ百畝余りにまで拡張されました。水の流れが千メートル余りに及ぶ山水园林で、新しい景観区と古くからの歴史的庭園区を結んでいることから、新旧の両景観区が互いに引き立ち、それぞれの長所を一層発揮しています。青清园は、“庭園の中の庭園”とも言われ、園内には 竹の葉が風にゆれ、荷风竹露亭(カフウチクロテイ)、君子堂(クンシドウ)、观月台(カンゲツダイ)は、すべて竹林の名勝地です。
足を踏み入れると、行く先々に自然の安らぎと優雅な景色が広がっていきます。
園門の北侧は、伝統的なあずまやを模した港になっていて,見物客がボートに乗り、青く澄んだ池で舟遊びに興じることができます。古猗园は、古典园林の风格があり、ボートをこぐと、まるで本物の自然の情緒が一段と増して感じられます。
門庭の前方に歴史的趣きのある石塔がそびえたっています。万安塔(マンアントウ)です。南翔は、寺を中心に形成された門前町であったため,佛教の信者が多く、元時代は白鹤南翔寺(ハクツルナンショウジ)、大德万寿寺(ダイトクマンジュジ)、そして、泰定万安寺(タイテイマンアンジ)の三大寺院が対立していました。万安塔は、もとは万安寺にありましたが,“八一三”上海事変の際、寺内部の大部分が破壊され、万安塔も当時は塔の本体部分が3段しか残っていませんでした。六百年余りもの風雨と戦火をくぐり抜けてきた古塔は、修復後、1988年にこの園に移され、保存されることになりました。それでは、右へ曲がり、石橋を渡って、曲溪鹤影景区を引き続きご観覧ください。まず、東に進み、洛阳桥(ラクヨウハシ)を渡り亀山のふもとへお進みください。