【日语】微音阁
こちらは微音阁といい、1947年に建てられました。高さ十メートル,下層部分は不規則な構造の美しさをもち、滴水阁(テキスイカク)といわれています。微音社の寄付により建てられ,文化財に指定されています。微音社とは、中華民国の時代、南翔地区の知識分子らが自ら組織した社団であり、暗黒社会に対して立ち上がり、社会改革の灯となることを意味していました。当時、南翔出版より半月に一度発行されていた「微音」という月刊誌において、当時の政治批判や、国民党による内戦発動反対を主張しました。
この建物の内側及び外側にかけられている元全国人民代表大会副委員長の胡厥文(コケツブン)と朱学范(シュガクハン)による“微音阁”の草書、及び、微音社の構成員であった陆象贤(リクショウケン)が著し、周大刚(シュウダイゴウ)が清書した《微音阁记(ビオンカクキ)》に、微音阁の歴史が記録されています。
微音阁の前にある唐代经幢は、上海に現存する最も完全に整った经幢のうちの一つで、南厅前に建てられている唐代经幢と対を成しています。经幢は、古代宗教の石の彫刻の一種であり、唐時代から作られ始め、宋時代、遼時代を経て大きく発展し、その後徐々に衰退しました。经幢全体の造型は秀麗且つ精巧で美しい彫刻が施されています。又、豊かに太り、穏やかで落ち着いた姿の人物も刻まれています。それぞれの紋様装飾はシンプルでありながら、リアルに表現されており、唐時代における典型的な彫刻装飾の風格がうかがえる逸品です。
それでは、微音阁より東へ進み、梅花碑廊(バイカヒロウ)を抜け、盆景园花神殿(ボンケイエン カシンデン)をご観覧ください。